イタリアから彩りの風便り


by ayakaze0109

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無事遅れもなくイタリアに到着いたしました。
ドバイの事は次回にまわして、
イタリア2ヶ月ぶりの感想や飛行機について。

今回はミラノの学校に形式上(あまり突っ込まないように)通うので、
ミラノでいろんな書類諸々をそろえないといけません。
そんな訳で、イタリア一日目はミラノの街を歩いて、
書類の準備に奔走しました。一応全部揃った。
でも学校から月曜にきてくれっていわれたので、
月曜までミラノ滞在しないといけない事になってしまった・・・。
早くフィレンツェに行ってお友達に会いたいし、
イタリアの故郷、ピティリアーノに早く帰りたいなぁ。
と、言ってもしかたないので、土日は遠出してみたりミラノでやりたかった事をやろうと思っております。

さて、今回エミレーツ航空を利用してイタリア往復をした訳ですが、
世界最高評価のエミレーツ、どんなものかとわくわくしてましたが、
なんと言うか・・・普通でしたね。すみません。
最近は国際線の飛行機に乗るときミールをいろいろかえて楽しんでます。
一番最初に食事を持ってきてくれるので、みんなが配られる頃には食べ終わったりします。
さすがいろんな国の文化に合わせてたくさんの種類があるエミレーツのミール。
ベジタリアンミールの中にもローフード(生のものだけ)とか、ラクト・オボ(牛乳、卵OK)とかいろんな種類がありましたが、今回はアジアンベジタリアンにしてみました。

はっきり言って、これ大失敗!めっちゃまずい口に合わない。
よくわからんスパイスの風味が、泣かせてくれました。
普通のベジタリアンミールは美味しかったのにな。
隣をみると、美味しそうな和食・・・くすん、日本発の便は通常食にしよ。

ドバイでは約10時間のトランジット。
約4時間ほどの出国をして、街を観光してきた後は
戻ってきて、エミレーツのトランジット用のカフェに行ってきました。
前回はそんなものがあるとも知らずでしたが、
まゆ☆こちゃんと、出発前日にお会いしたHさんに教えてもらったので、必死で探しました。
場所はターミナル3の小さい数字のゲート側に歩いていくと、
バーガーキングがあり、その横に階段があり上っていくとあります。
入り口で乗り継ぎ時間が4時間以上あるかチェックされて、4時間以下だと門前払いされます。
かなりの人がNGで、なんだかちょっと私も悲しくなった。(食がからむと弱い)
私はもちろんOK。こんな感じで美味しくいただきました。
特にスープがめっちゃ美味しかった!!
この情報を教えてくれたお二人、どうもありがとうございました!

さて、ドバイ→ミラノでも同じアジアンベジタリアンの食事だと思い込んでいたので、
上記のカフェでお腹いっぱいに食べたのですが、私に出されたのはローフード。
内容は、にんじん、パプリカ、セロリ、キュウリの野菜スティックとフルーツにパン。
一瞬「あたしは馬か」ってびっくりしたけど、これ本当に美味しかったの。レモンと塩と胡椒かけただけなのに。
これで満足している私が料理の勉強するって変な話だね、とか思いながら完食。

夜の7時をまわってもまだ明るい空。
本を別の場所にいれてしまった私は、やることもなくぼんやりの夕暮れの空をみる。
雲の造形と太陽の色が作り出すアートにしばし心奪われ、シャッターを切った。
ただ広がる大地、空、雲。なんて小さい小さい自分。
人の偉大なる可能性と、自然に対する人の無力さの矛盾になんだか途方にくれる。
小さくて愚かで、だけど何よりも愛おしい人という存在。

ぼんやりと終わる事のない思考を駆け巡らせているうちに、
ふわりと飛行機はミラノ・マルペンサ空港に降り立った。

私はまた1年、この大地で生きる権利をもらった。
何を学び、何を感じ、何を選ぶのか。
きっとそれはわたしがどれだけ挑戦できるのかという事だと思う。
挑戦・可能性・夢・希望、どれも使い古されて、くすぐったくて使うのも恥ずかしい気持ちになる言葉だけど、大切な事だからこそ使われるのだ。

正直な所、1年前の様な新鮮な気持ちはない。
だからこそできる事があると思う。
また語学もがんばろうと思う。
(今日ヒステリックな郵便局のおばちゃんに「あんたどこで勉強してんのよ!」と言われた。く、悔しい!)環境に甘んじないようにしようと思う。

でもこうやって今ここでこんな事を思えるのは、
日本にいる家族や経済を支えてくれている人たちのおかげだ。
やっぱり常に、全てにありがとうなのだ。
家族・友人・私を作り上げてくれた全ての人・事・モノに感謝の気持ちを込めて。
イタリア ミラノの安宿より。
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by ayakaze0109 | 2011-05-28 00:32 | diario in italia*日記*

ドバイより愛をこめて

ただいまドバイ、早朝6時であります。
ぴっかぴかでツヤツヤしたドバイ空港の
でーっかいフードコートで一人パソコン中。
こんなぺっかぺかの建物の中にいたら自分も大理石になっちゃうんじゃないかしら、
とか思っちゃうのは多分ちょっと感傷にひたっているせい。

さすが世界のハブ空港。
到着は朝4時半でしたが、お店はほとんどオープン。
まばらとはいえ人もいます。
さて、もう少し日があがればドバイを散策してきます。
まだ暗い上空からみたドバイは
人工的で幾何学的なうつくしさでキラキラしていました。
実際に歩いたらどんな感じかな。

関空から飛び立つときは両親が空港まで送ってくれて、
妹が大阪からかけつけてくれました。
関空は大阪とはいえ殆ど和歌山寄り。遠いです。
仕事後だというのにありがとうね。
この2ヶ月は親のすねをかじって生きていたし、
再途伊に際して、たくさんの援助をしてもらいました。
(もう貯めたお金は使い果たしたのである。)
わがままでやりたい放題の長女に、
きっとヤキモキしていることでしょう。
本当にごめんね。
直接は恥ずかしくていえないからさ。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。
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by ayakaze0109 | 2011-05-26 10:58 | viaggio*旅*

再渡伊に思うこと

大好きな斉藤和義の曲「ジユウニナリタイ」。歌詞めちゃ共感してます。家でふんふん踊りながら歌ってたら「あんた、それ以上自由になってどうすんの!?」と突っ込まれました。確かにね!「いきていくことなんて死ぬまでの暇つぶしさ~♪」

ぁ、明日の今頃は~、僕は汽車のなか~♪
っちゅう歌がありましたが、明日の今頃は飛行機に乗ってどこぞの大空にいると思います。

この2カ月…あっという間でした。
この1年ちょっと疲れてたのでしょうか。
4月上旬はかなーり、沈んでました。
でも4月末、熊野在住のイタリアで知り合った相棒、ゆきちゃんを訪ねて、かなり力をもらいました。
ありがとう。空からのありがたいお言葉を熊野大社ではいただきました。
「あんた、自分で決めた事やねんから、四の五のいわんとやり!」(実話です)

…神様はシビアでした。

正直、このまま進んでいいのかと悩んでいました。
29歳という微妙な年で、好き放題生きていていいのかと。
周りの友達は、しっかり仕事をし中堅どころになり、家庭を持ちちゃくちゃくと歩いていく。
私は?私はいったい何をしているの?
夢だ、やりたいことがある、それがいったいどうしたっていうの?

ってね。
でもふっきれました。自分で決めたんだもん。
何を迷うのか。かっこわる。

自分で道を切り開かないといけないし、先は見えない。
確定もない。パートナーもいないし、怖くて不安な日だってある。
それでも、1年前はあんなに不安だった「先の安全を手放すこと。」
それが今は、自分の足かせだった事がよくわかる。

一度手に入れたものを手放すのは本当に怖い。
でも自分の心のままに、
本当に心が必要としているものだけを手にするのは本当にシンプルで心地よい。
シンプルに生きていると、勝手に必要なことは落ちてくる。
ただ淡々と情熱をもってそのすべきことをやるのみ。
世界はこんなにシンプルだった。
その実感だけで私はどこだって飛んで行ける。

イタリアで30歳を迎える事になると思います。
「30代はいろんな試練がくるわよ~♪」というのはボランティアでご一緒した子供をすでに自立させた奥様。かっこいい。
試練、どんと来いだぜ。
泣いて、わめいて、みっともなくあがいてやるぜ。
底まで行ったって絶対浮上してやる。
そして常に挑戦の気持ちを忘れずにしていきたい。

イタリア、そして料理という未知の世界に飛び込び、
これまでの経験がどれだけ自分の力になるかを実感した1年目。
じゃあ2年目は。。。2年目は私らしくいきたいと思います。
1年目はとにかく知るのに精一杯、慣れるのに精いっぱいで自分の思いは2の次でした。
でも2年目は自分が選んだこのステージで何をしたいのかをしっかり取捨選択していくこと。
そして自分のペースで生きていくことを課題にしようと思う。

父が兄の結婚式で言っていました。
「常にチャレンジする精神を忘れるな」と。
父と兄は同じ仕事だから、ちょっとちがうのかもしれないけど、
お父さん、私もチャレンジしつづけるからさ、
結婚しないかもしれないけど、まぁちょっと許してよね(笑)


多分次更新は…ドバイからになると思います!たぶんね!
行ってきます!エミレーツ航空、もちろんご飯はベジタリアーン!(エミレーツは絶対こっちのが美味しい!!という私の持論です)
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by ayakaze0109 | 2011-05-25 01:06 | soliloquio*独り言*
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というわけで、お兄ちゃんの結婚式でした。
2歳年上の兄の結婚式のため、
今回2カ月という長期の帰国になったのです。

本当に美しすぎる奥様をもらって幸せなお兄ちゃんです。
式ではみんなが「落ち着いた冷静な男」だとお兄ちゃんを表していました。
奥さんもお兄ちゃんのそーいう所がよいそうです。

…これ、お兄ちゃんに感謝してもらわなきゃだね。
だって、お兄ちゃんがそんな落ち着いた性格になったのって
絶対私(達)妹のおかげですから!!!
好き放題、やりたい放題の妹をなだめ、あやし、
そそっかしい妹のフォローをする。
そうやって長年生きてきた兄。そりゃ落ち着きます。

お兄ちゃん、是非可愛い妹達に感謝してくださいね。

結婚おめでとう。
姪(勝手に姪にしている)にイタリア語を教えるのはまかせてね♪
と、いうわけでもうちょっとイタリア語学んできますから。

明後日、夜11時35分関空発で再度飛んできます!
がんばってくるぞー!!!
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by ayakaze0109 | 2011-05-24 00:05 | diario in gippone*日記

白い猫に導かれて*後編

おじさんに会った次の日、
私の作業は炊き出しだった。
よって、おじさんのところには行くことができなかった。

その次の日は沢山の物品を生協の駐車場を借り
必要な人に持って行ってもらう、バザー的なものの手伝いだった。
この日が最終日だったため、私はスタッフの人に頼んで、
少しでも先日の作業の現場に行きたいとお願いした。
このバザーは昼の2時の終了を見込んでいたのだが、
本当に沢山の人が来場され、あっという間にモノがはけてしまった。

午後、泥掻きと清掃の作業を引き続き行うため
全員で先日のお宅に向かうことになった。
スタッフの方は「君はおじさんの方にいってもらっていいからね」と言ってくれた。

現地へつき、車を降りるとすぐにおじさんの家へ向かった。
すると、作業をしていたおじさんは嬉しそうにこちらに気づいてくれた。
本当に来てくれたんか、とおじさん本当に嬉しそうにしてくれた。

そのあとは二人でてくてくと石巻の街を歩きながらいろんな話をした。

石巻の由来の石造を見に行ったり、
2階まで水が浸水し、屋根に逃げた話や
このウナギ屋はおいしいんだって教えてくれたり、
おじさんのお孫さんの話を聞いたりした。
過去の仕事の話を聞いたり、
地盤が沈下してしまったことを聞いたり、
行方不明の奥さんを探すため、
午前中は毎日遺体安置所めぐりをしていることも聞いた。

他愛もないことから、言葉を返すことのできない悲しい話までした。

私が今イタリアに住んでいて、また夢のために出発するということを話した時、
そういう希望の話を聞くと胸が熱くなるなぁ、と言ってくれた。
さみしそうな背中をさすると、本当にあたたかい、と何度も言ってくれた。

家に戻ってくると、
私がバザーの炊き出しでお願いしてもらってきた
つきたてのたった一個のお餅を食べるため、
復興作業中の旅館にお邪魔した。
この旅館が中心になって、私たちのボランティア作業の支持を出してくれていたので
私もすでにこの旅館のご夫婦や大工さんとは顔見知りだった。
みんなでワイワイお茶飲みながら、沢山の話をしていると、
おじさんも「久しぶりに楽しい」と言ってくれた。

2時間というわずかな時間だったけど、
本当に来てよかった、会えてよかったな、と思った。

ボランティアに来た人間が言う言葉ではないけれど、私自身も救われたのだ。
異国の地でこのニュースを聞いた時はあまりにもショックだった。
連日津波の夢をみてよく眠れず、レストランのみんなが心配してくれた。
あまりにも遠く離れたこの地では、私に何もできない。

それを今回の出会いと作業が救ってくれたのだと思う。
ボランティアだなんていいながら、私は自分を救いに行ったのだろう。
人はいつも人と繋がっている生きモノだった。
人一人の力なんてちっぽけで、取るに足らないものだけど、
その小さな力が、世の中を作っている。
私の力なんて、この大自然が引き起こした大惨事を前に、
あまりにも無力で、途方に暮れてしまうけど、
それでも誰か一人の力になれるならそれもいいんじゃないか。

白い猫が出会わせてくれたおじさんが、
私と出会ったことで、今日一日だけでも深い眠りにつけたらいいなと思う。
これから度々手紙を書こうと思うけど、
その手紙が届いた日は、少し気分が明るくなってくれればいいと思う。
私が誰かを救えるなんて、そんなことは思えない。
ただ、会えてよかった、そう思ってくれるだけで、
私の存在は意味のあるものになるのではないかと、
そしてその実感が自分の背中を押してくれていると思っている。
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by ayakaze0109 | 2011-05-23 20:29 | diario in gippone*日記

白い猫に導かれて*前篇

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石巻市日和山より。写真Sさんから。どうもありがとうございます。

石巻市、北上川沿岸のガレキの多くがいまだに残り、沢山の家が未だ手つかずの地域。

そんな場所で民家の床下に入り込んだヘドロを掻き出すボランティアをさせてもらっていた。
1日の作業が終わり、通りを歩いていると、真っ白な1匹の猫がぴょこっとガレキの中から顔をだした。
すでにこの時石巻入りしてから4日目。でも猫を見たのは初めて。
嬉しくなって、そして同時に「おなかすいてへんかな」と私はこの白い猫に接近。

興味はありそうだけど、臆病なこの白い猫は一定の距離を保ち私から逃げる。
そしてその子は一軒のお家の軒先へ。
そのお家の前には一人のおじさんが。

「おいでおいで」

え、わたし?

「違うよ、猫。猫。パン食べっか?」

あぁ、そりゃそうよね。
そんな私を気にすることなく、パンの袋を開けて、ちぎって投げるおじさん。
においは嗅ぐものの、食べる様子はない白い猫。

「なんだ、食わんのか。やっぱパンはダメかー。ジャンボバナナパンって書いてあんだけどよ」

いやー、やっぱ猫はお肉じゃないですかねー。

「おー、じゃあウィンナは食べっか。ちょっと取ってくるわ」

すぐに戻ってきたおじさんはウィンナをあげるけど、猫はまた怖がって逃げて私の方に。
おじさんもこちらにゆっくりと向かってきた。

「ありゃー、あんたぺっぴんさんやねー。猫もべっぴんさんの方が食べるか。あんたあげて」

いやー、あらゆる意味でどうかなー。
数メートル先にウィンナを置いたものの、ブルーの目をした白い猫はその場を去ってしまった。
でも私たちはそこで話を続けた。

「あんたボランティアさんかい。どっから来たん。」

神戸です。でも私のできる事なんて本当に小さくて…。

「そんなんいいんよ。遠くからきてくれて元気がでる…」

…おとうさんは今ひとり?

「んー、遠くに孫も息子もおるけどねー…嫁さんがまだ見つからんのだわ」

・・・

「潔いよなー。なぁんも残さずにいなくなっちゃうんだもんなー。さみしいもんだよな…。
こんな風になっちまうと、人間の物欲なんて本当にちっぽけなもんだと思うよ。ぜーんぶ流されてしまった。
今は1階がダメになっちまって、トイレも流されたけど2階でなんとか生活できんだ。でも…さみしいもんだよな。さみしい…」

私にはこの間何も言うことができず、相槌すらうつこともできなかった。
気丈に明るく話していたおじさんだっただけに、最後の「さみしい」という一言が本当に胸にささった。

おとうさん!私さ、ボランティアの団体できてるんだけど、沢山人いるから、荷物出すのとか大変なことお手伝いできるよ!なにか私にできることある?

「…こうやって話したいなぁ。ただあんたが側で話きいてくれるだけでいいんだよ」

また私は言葉に詰まってしまった。
もうすでにその時、ボランティアの仲間たちが集まってもう車にのって帰らなければいけない時間を過ぎていた。

おとうさん、また私ここくるから!また会おうね!!

そう言って、その日はその場を去った。
その日の晩、あのおじさんはちゃんと寝れてるのかな、あの大きなお家の2階でたった一人でいるんだと思うとなかなか眠ることができなかった。


後編に続きます。
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by ayakaze0109 | 2011-05-17 22:04 | diario in gippone*日記

イタリア行きます

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というわけでイタリアビザゲット!!!いえーい!!やったー!!
わずか1日で「申請が通りましたので取りに来てください」だって♪
久しぶりに領事館で話した生のイタリア語に魂がゾクゾクしました。

5月25日 23時35分 関空からドバイ経由、
5月26日 20時 ミラノ着の予定です。

いろんな思いを置き去りにしてでも、
ただ心が感じるがままに進めるこの幸せに、

心から感謝します。
ありがとう。

先週1週間
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by ayakaze0109 | 2011-05-16 20:25 | diario in gippone*日記